大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和50年(ワ)7720号 判決 1977年10月06日

原告

日産火災海上保険株式会社

被告

菊池運輸株式会社

主文

一  被告は原告に対し金四三四万九八五三円およびこれに対する昭和五〇年一〇月一二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決第一項は、かりに執行することができる。

事実

第一当事者間の求めた裁判

一  原告

(一)  被告は原告に対し金八四四万九九五一円およびこれに対する昭和五〇年一〇月一二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言

二  被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  請負業者賠償責任保険契約の締結

原告は昭和四六年一二月一三日訴外フジタ工業株式会社(以下、単にフジタ工業という。)と左記内容の保険契約を締結した。

(一)  保険の当事者 保険者原告、被保険者フジタ工業

(二)  保険事故 被保険者が横浜市中区万代町一丁目一番地において施工する横浜市教育文化センター新築工事に起因発生する事故

(三)  保険期間 昭和四六年一二月一三日から同四九年四月三〇日までの間

(四)  保険金額 身体障害補償として三〇〇〇万円、ただし一名につき二〇〇〇万円を限度とする。

(五)  被保険利益 被保険者が右保険事故の発生により第三者に対し法的責任を負担したことによつて蒙る損害

(六)  保険代位 保険者が保険金を支払つたときは、保険者は支払つた金額の限度で被保険者が保険事故による被害者に損害を賠償したことによつて代位取得する権利を代位行使する。

二  保険事故の発生

昭和四九年一月一四日午前八時一五分頃、被告の被用者である訴外森田秀利(以下、訴外森田という。)が被告所有の貨物自動車(足立一一あ八二九〇号、以下、事故車という。)を前項(二)記載の工事現場(以下、本件工事現場という。)で運転中、当時同工事現場内で建築中の建物入口付近に立てかけてあつたフジタ工業所有のアルミサツシユに事故車が接触して右アルミサツシユが転倒し、これがたまたま同所に居合わせた訴外亡石川藤三郎(以下、亡藤三郎という。)にあたつて同人が死亡するという事故が発生した。

三  損害賠償責任および損害額の確定

右事故は、訴外森田が被告の業務として本件工事現場に建築資材を搬入するために事故車を運転中、左側後方に対する注意を欠いたまま事故車を前進させた過失によつて惹起させたものであるから、被告は民法七一五条に基づき本件事故によつて亡藤三郎およびその相続人が受けた損害を賠償する責任があり、他方、フジタ工業にも前記アルミサツシユを保管するに際しこれを柱に立てかけただけで縛りつけなかつたという点において安全管理上の過失がなかつたとはいえないので、フジタ工業も民法七〇九条に基づいて右損害を賠償する責任があり、右被告とフジタ工業の損害賠償債務は共同不法行為者の損害賠償債務として不真正連帯の関係にあるものである。

このため、被告およびフジタ工業は亡藤三郎の妻子である訴外石川恵美、同石川興子および同石川富恵の三名から合計四一一七万五〇四五円の損害賠償請求を受け、同人らと幾度か交渉した結果、昭和四九年一一月二六日、被告およびフジタ工業は同当事者間の支払損害賠償金の負担割合の決定およびこの負担割合による求償についての清算処理は後日これを行うこととして右石川恵美外二名との間においては損害賠償総額を二〇五〇万〇四九〇円と確定し、とりあえず被告において一〇〇〇万〇四九〇円、フジタ工業において一〇五〇万円を支払つて右損害賠償請求事件を示談解決した。

四  被告に対する求償権の発生

被告とフジタ工業の石川恵美外二名に対する損害賠償債務が前記のとおり不真正連帯債務であるとしても、その債務発生原因は損害の公平な負担が問題とされるべき不法行為によるのであるから、不真正連帯債務者間に求償関係を生ずる実質的な関係があり、一加害当事者の賠償した損害は最終的には相互の過失割合に従つて負担すべきものであるところ、前記事故の態様からすると、被告側とフジタ工業の過失割合は被告側の過失が九〇パーセントであるのに対してフジタ工業のそれは一〇パーセントとみるのが相当であるから、前記被告とフジタ工業の支払額によるとフジタ工業は被告に対し八四四万九九五一円の求償権を取得したものである。

五  原告の代位

以上の次第であるところ、原告はフジタ工業との前記保険契約に基づきフジタ工業に対し昭和四九年一二月一〇日一〇五〇万円の保険金を支払つたから、原告は前記保険契約に基づいてフジタ工業が被告に対して有する前記求償権を代位取得した。

六  結び

よつて、原告は被告に対し八四四万九九五一円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五〇年一〇月一二日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する被告の認否および抗弁

一  認否

(一)  請求原因第一、二項は認める。

(二)  請求原因第三項のうち、訴外森田が被告の被用者であり、同人が被告の業務に従事中に本件事故が発生したこと、本件事故発生についてフジタ工業に過失があること、被告およびフジタ工業が亡藤三郎の妻子である訴外石川恵美外二名から四一一七万五〇四五円の損害賠償請求を受け、交渉の結果右三名とフジタ工業および被告間に損害賠償総額を二〇五〇万〇四九〇円と確定する示談が成立し、フジタ工業が一〇五〇万円、被告が一〇〇〇万〇四九〇円を支払つたことは認めるが、その余は争う。

(三)  請求原因第四、五項は争う。

二  抗弁

昭和四九年一〇月頃、被告とフジタ工業の間において、本件事故による訴外石川恵美らに対する損害賠償については、フジタ工業はその請負業者賠償責任保険から、被告はその自賠責保険からそれぞれ支払を受ける金額をもつて各自の負担部分とする旨の合意が成立し、被告は右合意に従つて自賠責保険金を支払つているので、本件求償に応ずる義務はない。

第四抗弁に対する認否

否認する。

第五証拠〔略〕

理由

一  事故発生および請負業者賠償責任保険契約の存在請求原因第一、二項は当事者間に争いがない。

二  被告およびフジタ工業の責任

成立に争いのない甲第一〇ないし二二号証、同第二四ないし二六号証、証人佐藤和福の証言によつて成立を認め得る甲第二九号証および証人森田秀利、同佐藤和福の各証言を総合すると、

(一)  本件事故現場はフジタ工業が横浜市から請負つて同市中区万代町一丁目一番一号先に建築中の横浜市教育文化センター建築工事現場内の一階正面玄関ポーチおよびこれに接続する一階エントランスホール内であり、右建物の一階の状況は概略別紙図面記載のとおりであること、そして、本件事故当時右建物は外装工事はほぼ完成して内部工事を施工中であり、正面玄関ポーチ部分はまだ粗面のコンクリート敷で、この上にコンクリート角柱四本で支えられた天井が張り出されており、正面入口の左右のコンクリート柱の間隔は六・二メートルで、左側のコンクリート柱に接して鉄パイプ製の組立足場が設置されているが、ドア等の建具の取付は未了であつたのでこの間を車両が通り抜けることは可能であり、右正面入口に続くエントランスホールは奥行約一一メートル、間口約一六・四の広さで床面は粗面のコンクリート敷となつており、正面入口から内部に向つて右側および奥側にはコンクリートブロツク等の工事用資材が置かれ、左側のガラス張り予定の吹抜け部分には鉄パイプ製の足場が林立しているが、内部は比較的広い空間となつていたこと、

(二)  訴外森田は、右建築工事用の資材としてフジタ工業に納入されるプラスターボードを事故車に積載して千葉県内から右工事現場まで運送し、フジタ工業の係員の指示で前記エントランスホール内の正面入口右側のコンクリート柱の脇(別紙図面ボード置場と記載した部分)に右ボードを卸すべく荷卸作業にかかり、まず事故車を正面入口から直進でエントランスホール内に乗り入れて荷台の前部右側に積んであつた一五〇枚のボードを卸し、次いで荷台前部左側のボードを卸そうとしたが、事故車の位置がそのままでは荷卸に不便であつたので、事故車の方向転換をしようとしてエントランスホール内で何回かハンドルの切り返しをして事故車を左に向けたうえ右コンクリート柱の方向に正面入口をふさぐような形で後退させたところ、同コンクリート柱に接近しすぎ、コンクリート柱に立てかけられていた四枚のアルミサツシユ(その位置および方向は概略別紙図面記載のとおり)と事故車の荷台の左側面との間隔が狭くなつてこの間を通り抜けることができなくなつていたので、通り抜け可能な間隔をとるため再度前進しようとしたのであるが、その際バツクミラーで見た感じではアルミサツシユと荷台との間隔が五センチメートル位であつたので荷台がアルミサツシユに接触するようなことはないと思つてハンドルを右に切りながら前進したところ、荷台最後部の左横あおり板の止金がアルミサツシユに引つかかつてアルミサツシユが転倒し本件事故が発生したこと、なお、訴外森田はフジタ工業の係員から荷卸場所の指示を受けた際に車の出入についてはガードマンの誘導を受けるように指示され当初工事現場内に加害車を乗り入れたときにはガードマンの誘導を受けているのに、ガードマンに誘導を依頼しないで加害車の方向転換をしようとして本件事故を発生させたものであること、

(三)  前記アルミサツシユは幅三・九七メートル、高さ二・八六二メートル、厚さ〇・一四メートルのAW六A型(大)一枚、幅二・八九五メートル、高さ二・八六二メートル、厚さ〇・一四メートルのAW六A型(小)二枚、幅二・九二メートル、高さ二・八九二メートル、厚さ〇・一四メートルのAW二二型一枚の計四枚であり、昭和四八年一二月二五日に本件事故現場に納入されたが、工事の都合で直ちに取り付けることができなかつたため角材二本を台にして約三〇度の角度(最も内側のアルミサツシユの底部からコンクリート柱までの距離が約〇・八メートルになる角度)で前記コンクリート柱に右四枚を重ねて立てかけ保管していたもので、ロープで縛りつける等して柱に固定してはいなかつたが、四枚で合計一五五キログラム位の重量があるので、人の接触や風にあおられた程度で転倒するような状態ではなかつたこと、

(四)  訴外森田が運送してきたプラスターボードはさほど重いものではなく一人で容易に荷卸ができるものであり、運送してきた事故車も全長七・一五メートルのかなり大きな貨物自動車であるが四・五トン積の普通貨物自動車であるので、荷卸に当つて荷受人であるフジタ工業側で作業指揮者を立会わせることは法規上は要求されておらず、また、前記エントランスホール内には事故車の運転操作を困難にするような障害物はなかつたこと、

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によると、本件事故は訴外森田が本件工事現場内で事故車の方向転換をするに際し、事故車の荷台左側面が本件アルミサツシユに五センチ位まで接近しているのに気がついていたのであるから、事故車を前進させる場合には工事現場のガードマンに誘導を依頼するか、バツクミラーでアルミサツツシユとの接触に注意しながら徐々に直進して事故車をアルミサツシユの前方に出しこれとの接触のおそれがなくなつてからハンドルを右に切るべきであつたのに、ハンドルを右に切りながら前進して荷台後部を左に移動させ同部を本件アルミサツシユに接触させた過失によつて発生したものであることが明らかである。

そして、訴外森田が被用者であり、同人が被告の業務に従事中に本件事故が発生したことは当事者間に争いがないので、被告は民法七一五条一項に基づき本件事故によつて亡藤三郎およびその相続人が受けた損害を賠償する責任があり、他方、本件事故発生についてフジタ工業に過失があることも当事者間に争いがないので、フジタ工業も右損害を賠償する責任があり、右両者の損害賠償責任は共同不法行為者の損害賠償債務として不真正連帯の関係に立つが、賠償した損害額は最終的には双方の過失割合によつて定まる各自の負担部分に従つて負担すべきものであり、負担部分をこえる賠償をしたものは他方に対して求償をすることができることになる。

そこで、被告側とフジタ工業側の過失割合について検討するのに、訴外森田の過失内容は、事故車のような車長の長い貨物自動車の左側面と障害物との間隔が五センチ位しかない場合にハンドルを右に切りながら前進すると車体最後部が左に移動して障害物に接触することになるということは自動車運転者として当然予想すべきであり、したがつて、このような運転操作は絶対に避けるべきであつたのに、これを怠つてハンドルを右に切りながら発進したものであり、右過失の程度は高いといわなければならない。他方、フジタ工業の過失内容は、資材運搬のための自動車や作業員の通行が予想される場所に立てかけただけでロープで縛りつける等の安全措置をとらないで本件アルミサツシユを保管していたことであるが、右アルミサツシユの重量、形態、立てかけた角度等からすると人が接触したり、工事による振動や風にあおられた程度で転倒する危険はなく、また、右アルミサツシユはエントランスホールに出入する方向に沿つて平行に置かれていたのであるから、自動車との接触によつてこれが前方に倒れて人に危害を与えるというような事態は本件のようにエントランスホール内で方向転換をするというような特殊な自動車の運転操作をしないかぎりほとんど起り得ないことであると考えられるので、本件アルミサツシユの保管方法が特に危険性の高いものであつたとはいえず、さらに、訴外森田は工事現場内に事故車を出入させる際にはガードマンの誘導を受けるようフジタ工業の係員から指示されており、現に事故車をエントランスホール内に乗り入れたときにはガードマンの誘導を受けているのに、ガードマンに誘導を依頼しないで運転操作のより難かしい方向転換をしようとして本件事故を発生させたものであり、これらの事情を考慮すると、本件事故発生についての過失割合は被告側である訴外森田の過失が七〇パーセントであるのに対し、フジタ工業のそれは三〇パーセントとみるのが相当である。

三  損害額の確定および求償権の発生

被告およびフジタ工業と亡藤三郎の妻子である訴外石川恵美、同石川興子、同石川富恵との間で本件事故による損害総額を二〇五〇万〇四九〇円と確定する旨の示談が成立し、右三名に対しフジタ工業が一〇五〇万円、被告が一〇〇〇万〇四九〇円を支払つたことは当事者間に争いがなく、本件事故発生についての過失割合は被告側の過失が七〇パーセントであるのに対してフジタ工業側のそれが三〇パーセントとみるのが相当であることは前記のとおりであるから、右賠償額の最終的な負担部分は被告が一四三五万〇三四三円、フジタ工業が六一五万〇一四七円となり、フジタ工業はその支払額のうち自己の負担部分をこえる四三四万九八五三円について被告に対し求償を求め得べきことになる。

なお、被告は右賠償額については、フジタ工業との間でフジタ工業はその請負業者賠償責任保険、被告はその自賠責保険からそれぞれ支払を受ける金額をもつて各自の負担部分とする旨の合意が成立している旨主張するが、これを認め得る証拠は何も存しないので、右主張は採用し得ない。

四  原告の保険代位

前示争いのない原告とフジタ工業間の請負業者賠償責任保険契約の存在に弁論の全趣旨を併せ考えると、原告は昭和四九年一二月一〇日右保険契約に基づいてフジタ工業に対し一〇五〇万円の保険金を支払つていることが認められ、右事実によると原告は商法六六二条に基づいてフジタ工業が被告に対して有する前記求償権を取得したものと認められる。

五  結論

そうすると、原告の本訴請求は被告に対し四三四万九八五三円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかである昭和五〇年一〇月一二日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 笠井昇)

別紙 図面

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例